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東京地方裁判所 昭和29年(行)104号 判決 1957年4月25日

原告 柯凌麦 外一名

被告 東京入国管理事務所主任審査官

主文

被告が原告らに対し昭和二十九年六月十八日付でなした退去強制令書発付処分は、これを取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一、原告両名訴訟代理人らは、主文同旨の判決を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。

一、原告らはいずれも昭和十七年十月(訴状に同年初頃とあるのは誤記と認める。以下同じ。)より引き続いて現在まで日本に居住している台湾省出身者である。

二、然るに、被告は昭和二十九年六月十八日付で原告らに対し原告らが出入国管理令(以下単に管理令と言う。)第二十四条第四号ロに該当するという理由のもとに退去強制令書を発付し、原告らはその頃その交付を受けた。

三、然しながら、右退去強制令書の発付処分は、その前提となつた原告らの異議申立に対する法務大臣の裁決が違法であるから、取り消さるべき違法な処分である。そして、右裁決は次の理由によつて違法である。

(一)  原告らは昭和十七年十月台湾より日本に移住し、爾来引き続いて日本に住居を有している。もつとも、昭和十八年三月頃原告らは台北にある竜山寺観音菩薩に参詣するため台湾に渡り、後昭和二十七年九月頃旅券を得て日本に帰るまでの間一時日本を離れたが、これは台湾に渡る当時予期することのできなかつた戦争の影響によつて日本に帰ることがおくれたにすぎないから、原告らは前記日時より引き続き日本に住居を有しているというに妨げないというべきである。

それであるから、原告らは管理令第二十四条第四号ロによつて本邦から退去を強制されることはないのにかかわらず、原告らのした異議申立を理由がないとしたのは退去強制事由の存否につきその判定を誤つた違法な裁決である。

(二)  仮りに右主張が理由がないとしても法務大臣が裁決をするに当つて、その裁量権を乱用したものである。

原告らは昭和十七年十月台湾より日本に移住したが、その理由は次のとおりである。即ち、これよりさき、父に死別した訴外柯金城(原告柯凌麦は同訴外人の実母、柯愛珠は同訴外人の実妹にあたる。)は昭和十四年に日本に移住して菓子製造会社に勤務し、戦時中は軍需工場に勤めた。ところで、原告柯凌麦は夫(原告柯愛珠と訴外柯金城の実父。)に死なれ、実子訴外柯金城が右のように日本に移住して後は台湾において困難な生活をしていたから、同訴外人は日本における自分の生活も安定してきたので、原告らを日本に呼びよせて永住させることとし、原告らも日本に永住する決心をし、原告柯凌麦が平素信仰する台北にある竜山寺観音菩薩の参詣をすませて後、日本に来る予定であつたが、柯金城が突然肺炎を患つたというしらせを受けた原告らは右予定をくりあげて昭和十七年十月日本に移住し柯金城と生活を共にしたのである。

右のようなわけであるから、信心深い原告柯凌麦は昭和十八年三月頃行われる右竜山寺観音菩薩の祭礼の日が近づくや、その希望で、参詣だけをすませて直ちに日本に帰ることとして、同月頃原告柯愛珠とともに台湾に渡つた。

ところが、その頃から太平洋戦争の戦局が急激に悪化し、日本との交通も困難になつたので、原告らは台湾にとどまることを余儀なくさせられ、ついに台湾で終戦を迎えるに至つた。終戦後原告らは極度に困難な生活を送つていたが、漸く柯金城と連絡がついたので、直ちに、昭和二十七年九月頃旅券を得、家財道具類を売り払つて旅費にあて、日本に帰つて来た。そして現在ではみずから遊戯場を経営し、結婚をして一家をかまえ、近隣の人のあつい信頼を得ている柯金城とともに、同人の監督のもとに善良な市民として平和かつ幸福な生活を営んでいる。原告らは、身体は健康であつて、思想も穏健で、素行も善良であるし、かつて日本人としての教育を受けており、知るかぎりの日本人から信頼の念と親愛の情とを一身にあつめている。

一方、原告らはすでに台湾においては全くよるべのない身であり、これを台湾へ強制退去せしめることは老、若の女子である原告らをしてその肉親の者からひきはなして孤立無援の絶望的状態におちいらしめることとなり、直ちにその生存すらおびやかされることになるのは火をみるよりも明らかなことである。

以上のような事情が原告らについて存在する場合には法務大臣は管理令第五十条第一項を適用して原告らに本邦における在住を許可すべきであるのにこれを許可しなかつたのは著しく不当な措置であつてその裁量権の範囲を逸脱し、これを乱用した違法な裁決である。

なお、原告らが交付を受けた前記旅券の領照事由らんには、それぞれ「赴日依子生活」、「赴日依兄生活」と記載されていたのに、後に日本側官憲が、形式的、手続的理由から「探親」と訂正したのである。

四、よつて前記退去強制令書発付処分の取消を求めるため、本訴請求に及んだ。

右のように述べ、被告の主張に対し、

被告主張事実中、原告らが被告主張の日その主張の収容令書によつて収容され(その主張の日仮放免された。)たこと、その主張のとおりの認定、判定および裁決がなされたことは認めるが、その余は争う。かりに原告らが観光客として在留許可が与えられたのであるとしても、前記三、(二)に述べた理由により本件退去強制令書発付処分は違法である。

また、法務大臣が異議申立に対して管理令第四十九条による裁決をする場合には特別審理官の判定に誤があるかどうかを判断すると同時に同第五十条による特別在留許可をすることが相当であるかどうかの裁量をもなしたうえで、一個の裁決をするわけである。即ち、結論においては異議申立を理由がないとして裁決をした場合でもその前提として右在留許可を与えない旨の裁量がなされているわけである。それ故に、管理令第四十九条によつてなされた裁決については、同第五十条に規定する特別在留許可を与えるかどうかの裁量に誤がないかどうかは当然裁判所における審査の対象となるといわなければならない。そして、右特別許可を与えることができる法務大臣の権限は、また常に適正にこれを行使すべき義務を有するから、被告主張のように、右裁量権限の範囲が無制限なものということはできない

と述べた。

第二、被告指定代理人らは、原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とするとの判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

一、原告ら主張事実中、原告らが台湾省出身者であること、昭和二十九年六月十八日被告が原告らに対し原告ら主張のような理由により退去強制令書を発付したことは認めるが、原告らの一身上の事情、人となりおよび生活状態については知らない。その余は争う。

二、原告らに対する本件退去強制令書発付処分は、次に述べるとおり適法に行われたものである。

(一)  原告らは出入国管理令第二十四条第四号ロに該当する者である。

原告らは昭和二十七年十月九日管理令第四条第一項第四号に規定する観光客として同日以降六十日間の在留許可を得て日本に入国し、その後同令第二十一条に基き右在留期間につき、更新を一度に限る旨の条件のもとに六十日間(昭和二十八年二月八日まで)の更新を受けた。右期間満了後再び原告らから在留期間更新の申請がなされたが、右条件に従い受理されなかつた。したがつて、原告らは同月九日以降は日本に在留することのできる資格を失つたにもかかわらず、みずから退去しなかつた者である。

(二)  本件退去強制令書発付処分は手続上にも何らのかしはない。

原告らは管理令第二十四条第四号ロに該当する者であるので、被告は、同条該当者として原告柯愛珠については昭和二十八年十二月十日発付の収容令書によつて昭和二十九年一月六日、同柯凌麦については昭和二十九年一月二十九日発付の収容令書によつて同年二月二十三日それぞれ収容した(原告らは各収容の日に管理令第五十四条によりそれぞれ仮放免された。)。そして、その後、原告らは前記法条に該当する者である旨の入国審査官の認定があり、右認定に誤りがない旨の特別審理官の判定があつたところ、原告らはこれを不服として法務大臣に対し異議の申立をしたが、法務大臣は昭和二十九年六月九日いずれもその理由がない旨の裁決をし、同月十五日被告にその旨の通知があつた。

よつて被告は同月十八日右適法な裁決に基き原告らに対し本件退去強制令書を発付したのである。

三、原告ら主張の違法原因(一)について。

原告らが管理令第二十四条第四号ロに該当する者であることは、前記のとおりである。なお、原告らが中国々籍を有する外国人である以上、仮りに原告ら主張のように原告らが従前より日本国内に住居を有していたとしても、管理令の適用をうける。

四、原告ら主張の違法原因(二)について。

(一)  管理令第五十条所定の在留特別許可は、同第四十九条所定の異議申立に対する裁決とは全く別個の処分である。すなわち、入国審査官の認定、特別審理官の判定および法務大臣の裁決は、いずれも容疑者が管理令第二十四条各号の一に該当する者であるかどうかの点のみを審査し、決定するよう義務づけられているのであつて、同条の各号に該当する者について退去強制処分をしないこととする余地は全く認められていない。ただ、法務大臣に限つて、異議申立に対する裁決をするに当り、これとは別途に、在留を特別に許可することができることとなつているにすぎない。異議申立に対する裁決は特別審理官の判定に誤がないかどうかの点についてのみの判断に限定される。それであるから、異議申立が容認された場合はその容認された在留資格による在留にはなるが、在留特別許可のあつた場合は、従来の在留資格とは関係なく、その許可に基いてのみ在留することができることになるのである。管理令第五十条第三項が在留特別許可を容疑者の釈放については異議申立が理由がある旨の裁決とみなす旨規定しているのは裁決と特別許可とは本来異るものであることを明らかにしているのである。故に、異議申立に対する裁決をするについては、法務大臣は裁量権を有しない。

(二)  在留特別許可を与えないことによつて違法の問題は生じない。即ち、本来、外国人を入国もしくは滞在せしめることは国が全く恩恵的な立場で行うものであり、ただ、これを掌る行政庁の恣意を防ぐ意味において出入国に関しその基準等を法定しているから、国も、適法に在留資格を有する外国人を国外に退去せしめることはできない。したがつて、管理令第二十四条各号の一に該当するとの容疑を受けた外国人は、それらに該当しないことを理由に行政庁の処分を争い得るが、当該容疑者がそれらに該当するものである以上は、国に対し、自己を在留せしむべきことを要求することができる権利もしくは法律上の地位のある道理がない。即ち、このような場合に、国は、全く一方的な立場で、その者の在留を許すことがあるだけであつて、管理令第五十条は、その在留特別許可の権限を法務大臣に与えた規定である。それであるから、在留特別許可は容疑者において、単に、事実上これを期待することができるにすぎず、法務大臣が全く自由に裁量することができるのであつて、その裁量権の範囲は無制限なものと解すべきであり、在留特別許可を与えないからといつて何ら違法の問題は生じない。

第三、(立証省略)

理由

一、原告らが台湾省出身者であること、原告らが被告主張のとおりその主張の日その主張の収容令書によつて収容され、仮放免となり、続いて被告主張の認定、判定および原告らのした異議申立を理由なしとした法務大臣の裁決があつたこと、右裁決に基き原告らが管理令第二十四条第四号ロに該当する者であるとして本件退去強制令書が発付されたことは当事者間に争がない。

二、原告らは、法務大臣のした裁決は退去強制事由の存否につき判断を誤りもしくは裁量権を乱用した著しく不当な措置であるから、これに基きなされた本件退去強制令書発付処分は違法である旨主張する。

管理令によると退去強制令書は法務大臣に対する異議申立を理由なしとする裁決があつたときは主任審査官はすみやかにこれを発付しなければならないこととされているから、右裁決に何らかの違法な点が認められるときはこれに基きなされた退去強制令書発付処分は違法なものといわなければならない。

そして管理令第五十条、同令施行規則第三十五条の規定を併せ考えれば、法務大臣は異議申立に対する裁決をする際に特別在留の許可をするかどうかを決する裁量権限を有するのであり、したがつて右裁決は単に特別審理官の判定の適否についてだけでなく、同時に特別在留を許すかどうかの点についても審理をしたうえでなされるべく、右裁量権限は行政上の便宜ないしは管理令第一条に規定する出入国の公正な管理という合目的的見地から法務大臣に対しこれを許容しているものと解するのを相当とするから、本邦に入出国する外国人はこれに対応する法律上の利益を有し法務大臣がその裁量の範囲を逸脱して著しく不公平かつ妥当を欠くような裁決をした場合においては、これに基きなされた退去強制令書の発付処分も違法なものとしてその取消を求めることができると解しなければならない。

異議申立に対する裁決が特別審理官の判定の当否の判断に限定され、管理令第五十条の在留特別許可は右裁決とは別個の、国が全く一方的に行う処分であつてこれを許すかどうかの法務大臣の自由裁量の範囲は無制限なものであるとの被告の主張は、当裁判所の採用しないところである。

よつて本件裁決が違法であるかどうかを判断する。

三、(一)まず原告らが管理令第二十四条第四号ロに該当する者であるかどうかについて判断する。

成立に争のない乙第一号証の一、二(いずれも上陸許可申請書)および同第二号証の一、二(いずれも在留期間更新許可申請書)に弁論の全趣旨を総合すれば、原告らは昭和二十七年十月九日管理令第四条第一項第四号の規定する資格(観光客)のもとに在留期間六十日間として日本に上陸し、同年十二月三日原告らから原告柯凌麦が病気をしたことおよび日本の見物がまだ終えていないことを理由に翌昭和二十八年二月八日まで在留期間更新許可を求めて同日まで在留期間の延長を許されたことを認めることができ、これを左右するに足りる証拠はない。そして同月九日以降は原告らが適法に日本に滞留することができることにつき何らの証拠もない。それであるから、原告らは同日以降は在留する資格を有しないで日本に残留していた者であるというべく、原告らは管理令第二十四条第四号ロに該当する者である。

原告らは、昭和十七年十月台湾より日本に移住し、引き続き日本に住居を有しているから、退去を強制される理由はないと主張する。しかし乍ら、証人柯金城、同林治人の証言および原告ら各本人尋問の結果を総合すれば、原告柯凌麦の実子であり、同柯愛珠の実兄である訴外柯金城は、日本で働らくために昭和十四年五月台湾から日本に渡り、同訴外人以外に身寄りのない原告らもやがて日本に来て同訴外人のもとで生活を共にしたいと考えていたが、昭和十七年三月頃同訴外人が急性肺炎にかかり、病状が悪化したことのしらせを受けたので、とるものもとりあえず、同訴外人の看病のため、同月頃同訴外人をたずねて日本に来たこと、そして原告らは約八箇月間日本にいたが、訴外柯金城の病気もなおつたし、台湾にある観音菩薩の大祭に参詣をするためと、かねて希望していたように、永住の目的で再び日本に来ることとしてその準備などをするべく台湾に帰つたが、その後戦争のため日本に渡るための船の便がなく、日本に渡れなかつたことを認めることができ、これに反する証拠はない。右事実から判断すると、昭和十七年三月頃原告らが日本に来たのは直接の目的としては訴外柯金城を看病するためであつて、その頃原告らが日本に移住したものとは認め難い。

なお成立に争のない甲第一ないし第三号証は原告らの右主張を認定するに十分な証拠とはならない。

それであるから、法務大臣のした裁決は退去強制事由の存否につき判断を誤つた事実誤認の違法があるとの原告らの主張は採用の限りでない。

(二) 次に法務大臣が管理令第五十条における裁量権を乱用し著しく不当な裁決をしたかどうかについて判断する。

成立に争のない甲第一ないし第四号証に証人柯金城、同林治人の証言および原告ら各本人尋問の結果を総合すれば、次の事実が認められる。

さきに認定したように原告らは訴外柯金城の看病をするために日本に来たが、再び日本に来ることとして台湾に帰つた。然し、原告らの台湾における生活は経済的に恵まれていなかつた。すなわち原告柯凌麦の夫柯亀(訴外柯金城および原告柯愛珠の実父)は昭和十一、二年頃死亡した。そして終戦迄は原告柯凌麦が当時台湾にいた日本人の林治人方に女中として働らき、また訴外柯金城からの送金によつて生活をしていたが、終戦によつて右林治人は日本に引き揚げたし、柯金城からの送金もなくなつたため、原告柯凌麦が他人の洗濯仕事を手伝うなどして苦しい生活をしていた。一方訴外柯金城は終戦当時は倉敷市内で飲食店などを経営していたが引き続き日本に居住し、昭和二十六年十二月からは原告らの肩書住所地で遊戯場(パチンコ屋)を営業するようになつた。そして原告らが台湾では生活ができないというので、柯金城は親子、兄弟の情しのび難く原告柯凌麦に対して親孝行をしようとの気持から、また原告柯愛珠に対しては兄としての扶養、監護の責任を果すために原告らを日本に呼び寄せることにした。そこで原告らは、日本に在住している柯金城と一緒に生活をするために日本に渡るという理由で台湾の外交部に対し旅券の交付手続をしたところ、同外交部では右趣旨にそい、旅券の領照事由らんに、原告柯凌麦については「赴日依子生活」、同柯愛珠については「赴日依兄生活」と記入したが、台湾における日本大使館員から右記載方法について注意されたので、右外交部では原告らの申出によつてこれをいずれも「探親」と訂正したうえ原告らに交付したが、原告らは、右旅券の交付を受ける際には右のようないきさつから、柯金城とともに日本において永住できるものと思つていた。右旅券を得た原告らは身廻品を売つたり、もらつた餞別などによつて日本に来る旅費をととのえ、原告らとしては再び台湾に帰ることは考えず日本に永住する意思のもとに昭和二十七年十月九日羽田に上陸した。そして同日以降原告らは原告ら肩書住所地にある訴外柯金城の家に居住しているが、幸い同訴外人の遊戯場経営状態もよく、家事は女中二人にまかせてあるので、原告柯愛珠(当二十四才)は店の手伝をし、同柯凌麦(当六十一才)は孫(柯金城の子。)の面倒をみるなどして老年の身を実子柯金城の扶養するところに委せて満足し、平和に暮しているのであつて、柯金城の援助がない限り、原告らの生活は非常に困難であるのみならず、もし現在原告らが台湾に強制退去させられた場合には台湾においては何らの財産も有しないし、原告らが頼りにする人もなく原告らは生活をしてゆくことの見込がたたないのであつて、生存することすら不可能な立場に追いやられるおそれがある。

右のような事実を認めることができる。

もつとも、原告らは永住許可の申請をするなど原告ら自身安んじて日本に居住することができる方途を講ずるべきであつたし、原告柯愛珠も台湾における日本大使館員からその旨の示唆を受けたことは同人の本人尋問の結果によつてもこれを認めることができるのに、原告らみずから在留期間の更新を申請するなど在留期間が限定されていることを知り乍ら安易に考えて在留資格を失つたのちも漫然滞留していたことは好ましくない態度であり、それ自体不法な滞留である。然し乍らおよそすべての人は、ひとしく恐怖と欠乏から解放され平和のうちに生存する権利を有するとのわが国憲法前文第二段の宣言はわが国内に滞留する外国人に対しても当然にその適用があると考えるべきである。したがつて、現在日本において平和に生活を続けている者に対し退去強制をすることによつてそれらの者が直ちに生存することすらおびやかされることが明らかな場合に、それらの者の滞留が在留資格を失つた後の不法なものであつても、これに対し退去強制をすることは許されないとするのが相当である。

したがつて、前記認定してきた事情が原告らに存する本件においては、原告らの異議申立に対して退去強制するを相当と認め原告らの異議申立を理由なしと裁決したことは著しく不公平かつ妥当を欠く措置であると認めざるを得ない。

四、以上の次第であるから右裁決に基く本件退去強制令書の発付処分は、右の点において違法として取消を免れないから、原告の本訴請求は理由がある。よつてこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 近藤完爾 入山実 秋吉稔弘)

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